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琵琶湖の底に木造建築跡 江戸後期、地震で水没か

滋賀県長浜市公園町の豊公園沖の琵琶湖底から、江戸時代後期とみられる木造建築の跡が見つかったと、滋賀県立大人間文化学研究科博士後期課程の中川永さん(27)らのグループが4日発表した。グループによると、水中遺跡で木造建築の遺構が分かる柱の発見は極めて珍しいという。地震で水没したとみられ、中川さんは「地震の以前は長浜城の敷地がさらに広かったことを示す遺構」としている。同大の学術サークル「琵琶湖水中考古学研究会」が確認した。遺構は、2014年8月、湖岸にある「太閤井戸跡」から西約100メートル、水深1・8メートル地点で発見。幅1・8メートル、奥行き2・1メートルあり、高さ13センチ~65センチの柱8本を確認した。

8本のうち4本は建物の四隅の柱、2本はひさしの柱とみられ、形状などから建物は社のようなものとしている。放射性炭素年代測定で柱の木は1800年代初頭に伐採されたと分かった。

中川さんによると、江戸期の琵琶湖岸の標高は約85メートル。発見地点が82・6メートルであることから、1819年の「文政近江地震」で水没したと推定した。

長浜城跡は現在の豊公園。同城は1615年の大坂夏の陣で豊臣家が滅亡した後は廃城となり、その後は田畑になったと伝わる。中川さんは「今回の調査で現在地よりはるか沖合に長浜城の敷地が広がっていたと考えられる」としている。

琵琶湖底の遺跡を調査してきた林博通・県立大名誉教授は「柱がそのままの状態で発見されたのは水中遺跡研究史上、画期的」と話し、日本の城郭に詳しい県立大の中井均教授は「長浜城の敷地が水没したことが明らかとなった。今後の調査に期待できる」としている。

14、15の両日午前10時から彦根市八坂町の県立大で報告会を行う。

 

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